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      <title>マリアヴェール</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Fri, 04 Dec 2009 01:13:34 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title> 伝統的な称号 </title>
         <description><![CDATA[伝統芸能において継承される名跡や先祖伝来の世襲呼称をいう場合もある。 
名字・人名 
名字のこと。特に平安時代末期の公卿が都における住所にちなみ、名乗った家名をいうことが多い。ちなみに豊臣秀吉は家臣や全国の大名に羽柴の姓を許し、江戸時代には徳川氏が国主大名に松平の称号を許した。 
異名、通り名、あだ名。通常姓名をもじったり容姿行動から付けられる。頭の良い者を「今孔明」力の強い者を「今弁慶」などと呼んだりこともある。 
尊号。譲位した天皇などの称号のこと。主に太上法皇、太上天皇など。 
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院号。太上天皇や女院。将軍、大名の正室・生母などの称号。また、戒名の号のひとつでもある。 
主に室町時代から江戸時代にかけて皇族、公卿、将軍と一門、大名などに許された貴人の称号。公方号及び御所号、屋形号などがある。公方号は本来、朝廷を意味した。南北朝時代、足利尊氏が室町幕府を開くにあたり朝廷から公方号を勅許されたことを契機として将軍の別称・敬称としての公方号が定着する。また、尊氏の庶子で鎌倉を中心とした東国支配を任された足利基氏も鎌倉公方を称するようになり、足利氏の中で足利将軍家と鎌倉公方家の二つの公方家が並立することとなった。江戸時代には徳川将軍家の当主たる将軍を指す別称・敬称として定着するようになった。御所号とは室町時代の足利将軍家及び鎌倉公方家とその一門、或いは南北朝時代、鎮守府将軍として活躍した北畠氏とその一門に許された称号である。公方号と並ぶ尊称であるが、公方が主に将軍や鎌倉公方家の当主、将軍職継承を目指して将軍家に対抗した足利一門に限定して称されたのに対して、御所号の場合は足利氏や北畠氏の嫡流・庶流に広く許された称号であった。江戸時代には鎌倉公方家の家督を継承した喜連川氏に許された。屋形号とは室町時代、幕府が足利一門、有力守護に対して授与した称号。屋形号を有するものは、臣下より御屋形様（おやかたささま）と敬称された。]]></description>
         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/12/post_37.html</link>
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         <pubDate>Fri, 04 Dec 2009 01:13:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロバートソン委員会報告</title>
         <description><![CDATA[1952年にCIAが未確認飛行物体を調査するため発足させたロバートソン委員会はフー・ファイターの報告に触れ、その振る舞いは脅威ではないと記述した。興味深いことに、ロバートソン委員会報告は、多くのフー・ファイターは金属的で円盤の形をしているように描かれていると述べ、「もし1943年から1945年の頃に『空飛ぶ円盤』という言葉がポピュラーになっていれば、これらの物体はそう呼ばれただろう」と示唆している[4]。

この現象は、ドイツ空軍の標準作業手順書にあった行動のうち、ドイツ軍飛行場のそばに配置された対空砲台の中の選ばれたものに対し、色の付いた砲火のパターンをある間隔で発射し、視覚による指示を与えてドイツ空軍機の夜間戦闘を支援させたものを、連合軍パイロットがカラフルな光球と誤解したことに原因を求める説がある。 
航空機の翼で起こるある種の放電現象（セントエルモの火参照）がフー・ファイターズの正体だという説がある。 
パイロットは球電を見たのだ、とする説もある。 
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しかし上記の3説は、昼間に金属製らしき複数の制御された飛び方をする飛行物体を目撃したという多くのケースに対しては当てはまらない。 
UFOが地球外生命の乗り物であるという仮説を支持する人々は、フー・ファイターを地球外生命の地球来訪の証拠とみてきた。しかし同時に地球外生命体の姿を確認したという目撃例はない。 
フー・ファイターはドイツ空軍の開発した円盤型の飛行物体でドイツ側に「Feuerfighter（フューアーファイター、火の戦闘機）」とあだ名された秘密兵器だという説もあったが、この名前はドイツ語と英語のナンセンスな混合であり信憑性がなく、このような戦闘機が開発された記録も発見されておらず、都市伝説に等しい説といえる。 
同様に、フー・ファイターの目撃者はロケット戦闘機・メッサーシュミットMe163を夜間に目撃したのだろうという説もあるがこれも誤った説である。Me163は数分間の燃料しかなく、レーダーも積載せず、夜間に敵機と戦闘を交えるには適さない機体であった。]]></description>
         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/11/post_36.html</link>
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         <pubDate>Sat, 28 Nov 2009 12:59:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> 吟醸酒・純米吟醸酒</title>
         <description><![CDATA[精米歩合60%以下の白米、米麹および水を原料とし、吟味して製造した清酒で、固有の香味及び色沢が良好なもの。低温で長時間かけて発酵させて造る。吟醸香と呼ばれる、リンゴやバナナを思わせる華やかな香りを特徴とする。最後に吟醸香を引き出すために使用する白米1トンにつき120リットル（重量比でおよそ1/10）以下の醸造アルコールを添加する。

吟醸酒のうち、醸造用アルコールを添加していないものを特に純米吟醸酒と言う。一般に、他の吟醸酒に比べて穏やかな香り（控えめな香り）となる。

本記事を含めて、よく「吟醸系（の酒）」と表現される場合は、これら吟醸酒・純米吟醸酒・大吟醸酒・純米大吟醸酒・山廃吟醸酒など、吟醸香を持つ酒すべてをグループ化して意味している。

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1920年代から開発が着手され、1930年代の精米技術の向上と、1970年代の温度管理技術の進歩に促されて、しだいに一般市場に出回るだけの生産量が確保できるようになった。吟醸酒が日本国内の市場に流通するようになったのは1980年代以降であり、2000年代以降では日本国外でも需要が高まっている。

大吟醸酒とは精米歩合50%以下の白米、米麹および水を原料とし、吟味して製造した清酒で、吟醸酒よりさらに徹底して低温長期発酵する。固有の香味及び色沢が特に良好なもの。最後に吟醸香を引き出すために少量の醸造アルコールを添加する場合もある。

フルーティで華やかな香りと、淡くサラリとした味わいが特徴。]]></description>
         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/11/post_35.html</link>
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         <pubDate>Mon, 23 Nov 2009 01:07:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国茶器</title>
         <description><![CDATA[中国茶を淹れるためには数多くの茶器が必要だと考えられていることが多いが、これは茶芸と呼ばれる一種茶道的なセレモニーとして用いられるものである（後述）。一般の中国人は日本人が日本茶を飲むのと同じく、気軽に茶を楽しんでいる。

代表的な中国茶器は以下のものが挙げられる。なお、これらの茶器ではなく、普通のマグカップや日本茶用の急須でも問題なく淹れることはできる。が、やはり専用のもので淹れたほうが淹れやすい。

蓋碗 - 「ガイワン」。蓋のついた茶碗。茶葉を入れて湯を注し、蓋を茶漉し代わりにしてそのまま飲むこともできる。一般的な普段使いの茶器。 
茶杯 - 「チャーペイ、ちゃはい」。蓋の無い茶碗。蓋碗や日本の茶碗より小ぶりである。茶芸の席や高価な茶を楽しむさいには、蓋碗ではなく茶杯を用いる。 
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茶壷 - 「チャフー、ちゃつぼ」。いわゆる急須。中国では香りを珍重するため、日本茶を淹れるよりも小ぶりなものが使用される。元は書画に用いる水差しだったという説がある。茶葉が開ききったときに茶壷に茶葉がいっぱいになるように量を調整するのがコツ。ガラス製のものも存在する。陶器や磁器の茶壷は、どのような茶葉にでも使用できる。紫砂で作られたものは、黒茶・青茶に使用するのが好ましく、また同じ茶葉を使い続けるのがいいとされる。 
聞香杯 - 「ウェンシャンペイ、もんこうはい」。縦に長細い器。茶の香りを聞くために用いる青茶専用の茶器。使い方は茶壷から聞香杯に茶を注ぎ、その茶は茶杯に移し入れ聞香杯は空にする。茶杯の茶を飲む前に空にした聞香杯に鼻を近づけ、聞香杯から立ち上る茶の香りを楽しむ。]]></description>
         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/11/post_34.html</link>
         <guid>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/11/post_34.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 03 Nov 2009 04:08:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>月面は砂によって覆われている</title>
         <description><![CDATA[月面は砂（レゴリス）によって覆われている。レゴリスは隕石などによって細かく砕かれた石が積もったものであり、月面のほぼ全体を数十cmから数十mの厚さで覆っている。より新しいクレーターなどの若い地形ほど層が浅い。その粒子は非常に細かく、宇宙服や精密機械などに入り込みやすく問題を起こす。しかしその一方でレゴリスの約半分は酸素で構成されており、酸素の供給源や建築材料としても期待されている。また太陽風によって運ばれた水素やヘリウム3が分布密度は小さいものの吸着されており、核融合燃料になると考えられている。
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両極付近のクレーター内には「永久影」と呼ばれる常に日陰となる領域があるため、氷が存在している可能性が高いと言われている。

2009年、無人月探査機チャンドラヤーン1号（ISRO：インド）および土星探査機カッシーニと彗星探査機ディープ・インパクト（いずれもNASA：アメリカ）の3探査機によって、月に水もしくは水の基となるヒドロキシ基が存在することが確認された。存在範囲は月面全体に薄く広がっている状態で、月において水もしくはヒドロキシ基を約1リットル集めるのに、月の土壌約0.76立方メートルが必要だと試算されている。確認された水もしくはヒドロキシ基は、太陽風によって運ばれた水素イオンが月面にある酸素を含んだ鉱物やガラス様物質に衝突した結果生じたものと考えられ、将来の月面探査・月面基地計画において、抽出して水素と結合すれば真水を生成可能とされている。]]></description>
         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/10/post_33.html</link>
         <guid>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/10/post_33.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 26 Oct 2009 00:17:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>相互作用二元論または</title>
         <description><![CDATA[相互作用二元論または単に相互作用説は二元論の一種で、心の状態、例えば信念や欲求といったもの、を物理的な状態と因果的に相互作用するものとして捉える立場である。歴史上この考えをもっともハッキリと主張したのは、デカルトであり、著書Meditationsにおいて相互作用二元論の考えを明確にした。[6] 20世紀以後においてはこの考え方を擁護する論者は非常に少ない。しかし有名な論者としてカール・ポパー、ジョン・エックルスがいる。

デカルトの有名な論証は次のようにまとめられる。 セスは延長を持たない思考するものとしての自分の心の明晰で判明な観念を持つ（延長をもたないとは長さ、重さ、高さなどの面で測定することができないということである）。彼はまた自分の身体について、空間的な延長を持ち、量を測ることができ、思考できない何かとしての明晰で判明な観念を持つ。このことから、心と身体は根本的に異なった性質を持つのであるから同一ではありえないということが導ける。
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しかし、同時に、セスの心理状態（欲求、信念等）が彼の身体に対して因果的な効果を持ち、またその逆に身体が心に因果的な効果を持つことは明白である。たとえば、子供が熱せられたストーブに触れたら（物理的出来事）痛みを引き起こし（心的出来事）、彼は悲鳴をあげ（物理的出来事）、それが次に母親の恐怖と保護の感覚を引き起こす（心的出来事）、などなどといったようにである。

デカルトの議論における重要な前提は、セスが自分の心の中の「明晰で判明な」観念だと思うものは必然的に真だ、というものである。現代の哲学者の多くはこれに疑いを持つ。[21][22][23]たとえば、ジョゼフ・アガシは二十世紀初頭からなされたいくつかの科学的発見の結果、自分自身の観念には特権的にアクセスできるという考え方の根拠が崩れたと考えている。]]></description>
         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/10/post_32.html</link>
         <guid>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/10/post_32.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 15 Oct 2009 01:27:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>イヌの染色体は78本 (2n) あり</title>
         <description><![CDATA[イヌの染色体は78本 (2n) あり、これは38対の常染色体と1対の性染色体からなる。これは同じイヌ属のオオカミ類、ジャッカル類、コヨーテ類、ディンゴなどとも共通である。これらの種は交配可能であり、この雑種は生殖能力をもつ。ただし、これらは行動学的に生殖前隔離が起こり、また地理的にも隔離されている。ジャッカル類は主にアフリカとアジアに、コヨーテ類は北米に分布する。
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また、オーストラリアとニューギニア島に生息するディンゴは、約4,000年前に、人類によって持ち込まれたイヌであり、かつては別種とされていたが、現在はイエイヌとともに、タイリクオオカミの1亜種とされている。
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         <pubDate>Tue, 07 Jul 2009 22:14:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>契約の箱（けいやくのはこ）</title>
         <description><![CDATA[契約の箱（けいやくのはこ、ヘブライ語:aron habrit、英: Ark of the Covenant）とは、『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めた箱のことである。証の箱（あかしのはこ）、掟の箱（おきてのはこ）、聖櫃（せいひつ）とも呼ばれる。

神の指示を受けたモーセが選んだベツァルエルが、神の指示どおりの材料、サイズ、デザインで箱を作成し、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していた[1]。

アカシアの木で作られた箱は長さ130cm、幅と高さがそれぞれ80cm、装飾が施され地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられている。持ち運びの際、箱に手を触れないよう二本の棒が取り付けられ、これら全てが純金で覆われている。そして箱の上部には、金の打物造りによる智天使（cherubim ケルブ）二体が乗せられた[2]。
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モーセの時代に、この中へマナを納めた金の壺、アロンの杖、十戒を記した石板が収納される[3]。しかし、ソロモン王の時代には、十戒を記した石版以外には何も入っていなかったと伝えられている[4]。

荒野をさまよっていた時代には祭司たちが担いで移動させていたが、ヨシュアの時代以降は、主にシロの幕屋の至聖所に、また、ソロモン王の時代以降はエルサレム神殿の至聖所に安置される。サムエルを養育した大祭司エリの時代にはペリシテ人によって奪われるが、ペリシテ人を災厄が襲ったため、彼らはこの箱をイスラエル人に送り返す[5]。

『聖書』ではヨシヤ王の時代に関する『歴代誌下』 35章3節の記述を最後に、比喩的に用いられる以外に直接言及される部分はなく、失われた経緯についても不明である。このことから、失われた聖櫃(The Lost Ark)と呼ばれることもある。 現在、聖櫃そのものを信仰対象としているのはエチオピアだけである。

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         <pubDate>Wed, 17 Jun 2009 07:47:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>童貫</title>
         <description><![CDATA[童貫（どうかん、1054年 - 1126年）は、北宋末の政治家、軍人、宦官。字は道夫（どうふ）。開封の人。去勢され男性機能を失ったはずの宦官でありながら、筋骨隆々とした体躯で顎鬚まで生えていたという怪人物。

書画骨董の目利きであった事から、徽宗に気に入られ、宰相蔡京と結託して権勢を極め、また兵法にも凝っていたため禁軍の頂点に君臨し、二十年近く兵権を掌握した。しかし、徽宗の贅沢を助長させたため民衆からは怨嗟の対象とされ「六賊」の一人に挙げられた。また軍費を着服し私服を肥やしていたという。後の北宋末を舞台にした小説『水滸伝』でも四奸の一人とされ悪役になっている。

童貫は宦官ではあったが、軍人の道を選び、軍を率いて西夏やチベットと戦い大功を立て、以後 20 年に渡って兵権を掌握した。1111年には太尉、領枢密院にまで昇進し、その位階は三公に比肩した。

1120年、北宋は女真族の立てた新興国の金と結んで（海上の盟）、遼を挟撃し、遼の支配下にあった北方の燕雲十六州を奪還しようと試み、当時宋軍の総帥の地位にあった童貫自らが軍を率いてこれに当たった。

しかし軍事行動を起こそうとした矢先、江南で方臘の指導する大規模反乱が勃発した。童貫は燕雲十六州攻撃の為に編成した軍から十五万の南征軍を編成し自ら方臘の軍の鎮定に当った。方臘の抵抗は苛烈なもので、童貫は江南の住民数十万人を殺戮した末に、王淵麾下の将校の韓世忠の活躍などもあり1121年四月、方臘を捕えこれを処刑した。
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一方金軍の猛攻の前に遼の天祚帝は逃亡し、遼の将軍耶律大石等は逃亡した天祚帝を帝とは認めず耶律淳を擁立して燕雲十六州をもって北遼を建国する。

1122年童貫は二十万の大兵力を率いて北遼侵攻を開始した。燕京を守る耶律大石らの抵抗は頑強であり、初戦で童貫軍は国境線である白溝河にまで後退を余儀無くされ、隘路で追撃を受け大打撃を受けた。また時期は不明であるが怨軍を指揮していた郭薬師を寝返らせることに成功している。

同年6月24日、北遼の耶律淳が病死したので童貫は劉延慶に軍を指揮させ燕京奇襲を実行させた。劉延慶の奇襲は成功しかけ、耶律大石を燕京での市街戦にまで追い込んだがここでの耶律大石の抵抗は激烈で結局の劉延慶は敗走した。さらに童貫は北遼の宰相李処温と内通し、これを寝返らせることに成功したが、この諜略は耶律大石に露見し、李処温は耶律大石に処刑された。

万策尽きた童貫は自力での燕京攻略は不可能であると判断し、阿骨打に救援を依頼した。阿骨打は北方より三路から燕京を攻撃し、耶律大石は居庸関で抵抗を試みたが失敗し金軍に捕えられた。阿骨打は燕京の人や物資を略奪した上で事実上の空城を童貫に明け渡し多額の歳幣を宋に請求した。

その後、金に攻め込まれたときは太原に駐屯していたが敵前逃亡する失態を犯し、欽宗即位後、その責任を糾弾されて流罪、しかし途中でさらに死罪を賜り、私刑同然に殺された。
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         <pubDate>Sun, 31 May 2009 10:16:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>軌道の存在する平面を指定する要素</title>
         <description><![CDATA[軌道傾斜角(i あるいは Incl.) 
太陽を周回する天体においては黄道面と軌道面がなす角度。惑星を周回する天体においては惑星の赤道面と軌道面がなす角度である。順行軌道では0°?90°、逆行軌道では90°?180°となるように指定する。 
昇交点黄経(Ω あるいは Node) 
太陽を周回する天体において軌道が黄道面を南側から北側に横切る位置(昇交点)の日心黄経である。軌道面と黄道面が一致する場合には昇交点が定義できないので0と見なす。 
昇交点赤経(Ω あるいは Peri.) 
惑星を周回する天体において軌道が赤道面を南側から北側に横切る位置(昇交点)の赤経である。軌道面と赤道面が一致する場合には定義できないので0と見なす。 
近点引数(ω) 
昇交点と軌道の近点が重力源となる天体の重心から見た時になす角度を天体の運動方向に沿って昇交点からはかったもの。太陽を周回する天体では近日点引数、地球を周回する天体では近地点引数となる。昇交点が定義できない場合は代わりに近日点黄経を用いる。 
近日点黄経 
Ω + ωで定義される値である。昇交点が定義できない場合は春分点方向と軌道の近点とが重力源となる天体の重心から見た時になす角度を春分点方向から天体の運動方向に沿ってはかったもの。 

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 軌道上の位置を指定する要素 
元期(Epoch) 
軌道要素は惑星の重力による摂動などにより刻々と変化していく。そのためその軌道要素がいつの値なのかを指定する必要がある。この軌道要素の時刻を指定するのが元期である。 
近点通過時刻(T) 
天体が近点を通過する時刻である。太陽を周回する天体では近日点通過時刻、地球を周回する天体では近地点通過時刻となる。近いうちに太陽に接近して明るくなる彗星では元期を近日点通過時刻に設定することがしばしばある。 
平均近点角(M0) 
1.対象としている天体の楕円軌道と外接する(すなわち中心が一致し半径が軌道長半径と一致する)円軌道を、2.対象としている天体と同じ周期で等速円運動し、3.さらに対象としている天体とその近日点を同時に通過する仮想的な天体を考える。この仮想天体が元期において存在する位置と近日点が円軌道の中心から見た時になす角度をいう。すなわち天体が近日点を通過してから経過した時間に比例する値である。放物線軌道や双曲線軌道では外接する円軌道を考えることができないので定義できない。 
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         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/04/post_29.html</link>
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         <pubDate>Mon, 27 Apr 2009 15:09:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>宇宙軍主計大佐</title>
         <description><![CDATA[ 軍人 [編集]
ハトリ 
声 - 梅津秀行 
宇宙軍主計大佐。第2話で火星軍の「最新の宇宙艦隊」の旗艦ララァシャンに搭乗し、「怪獣捜査官」（ラルク）に対する査察を担当。直後に出現したビーストロン級宇宙怪獣と半ばラルクへの意地で交戦するが第2世代レベルの巡洋艦隊が宇宙怪獣に敵うわけがなく、一蹴される。 
元トップレスだが、フラタニティに入れてもらえるほど優秀ではなかったらしい。そのせいか、トップレスを嫌悪しているように見える（内心はもっと複雑なものがあるようだ）。変動重力源との最終決戦では、皮肉にも一度は馬鹿にされたニコラスの上官となる。 
名前の由来は服部時計店（現セイコーホールディングス）から[5]。 
ドラソー提督 
声 - 川久保潔 
宇宙軍第3軍の提督。旗艦カラコルム以下の艦隊を率いて、ノノ、ラルクと共に変動重力源が封じられたブラックホール・エグゼリオへ向かう。しかし変動重力源がエグゼリオから抜け出したあおりを受けただけで第3軍はあっさり壊滅、彼自身も艦を失い脱出。 
バスター軍団を従えるノノに頼り、ほとんど崇拝のまなざしで見ていた。一方、ラルクのことは眼中に入りすらしなかった。 
ニーゴ主席参謀 
声 - 東地宏樹 
アンドロイドで、同型の参謀が宇宙軍で多数使用されている。なお、第１軍や第２軍の指揮官は古典的な者が多く、彼のようなアンドロイド参謀を最終決定権者の助言者とすることに抵抗を感じているようだが、最前線で戦う第３軍では、その判断の正確さと合理性ゆえに積極的に起用されているという。 
人間の人格も再現できているらしく、バスター軍団を率いる7号を見てラルクに対し、7号はラルクに自分との力の差を見せつけるために君を帯同させたのではないか、などと嫌味を言う。 
ザハ宇宙軍艦隊司令長官 
声 - 高島雅羅 
宇宙軍艦隊のトップで女性。第2軍旗艦バジーレに搭乗する。フラタニティメンバーと同年代の娘がいるらしい。特攻するつもりのラルクにドゥーズミーユが軍の備品であるから無事に帰還するよう命じると共に「パイロットも含めてだ」と優しさを見せる。なお、エグゼリオ変動重力源との戦いで旗艦のブリッジまでもが損傷し、彼女自身も負傷。 
参謀 
ニーゴと同型のアンドロイド参謀で、第２軍所属。ザハを補佐する。ドゥーズミーユが変動重力源との衝突軌道に乗った際、「最大の変動重力源といえども、亜光速での地球質量の激突には耐えられません。我々の勝ちです。」と述べるが、ザハは不満な様子だった。人格まで実現した完璧なアンドロイドも、母星を捨てることに対する人類としての抵抗感までは理解できなかったことを示す一幕といえる。 
隊長 
声 - 大林隆之介 
第1話でレストランを訪れる3人の宇宙軍地上部隊員の隊長。かつてはノノ同様宇宙パイロットを目指していたが、最低15年の試験と訓練についていけず、諦めた過去を持つ。本作の「子供の頃の夢を諦めて、普通の大人になった（それでも自分の仕事はきっちりこなす）キャラクター」の代表。 
部下A 
声 - 家中宏 
第1話でレストランを訪れる3人の宇宙軍地上部隊員の一人。ノノをマシーン兵器で文字通り「オモチャにして弄んで」ラルクの怒りを買い、トップレス能力で半実体化したディスヌフに（店ごと）吹き飛ばされた。自機が中破してもなお宇宙怪獣（ツインテール級）に対し果敢に機関銃で応戦するが、あっさりマシンを破壊される。 
部下B 
声 - 石母田史朗 
同上。ノノに手は出さなかったが、部下Aを止めもしなかった。一番若いが一番何もしない、一番諦めてしまっている「大人」のキャラクター。 

 その他 [編集]
ノノリリ 
かつて人類を滅亡の危機から救った英雄。ノノの憧れであり、目標とする人物。ノノは会ったことはない。本編でははっきりとは語られなかったが、1万2000年後（西暦換算14292年7月6日）の地球に帰還した、バスターマシン1号の操縦者、『あの人』である。7号は発見時は記憶が混乱していたため、ノノリリという言葉しか覚えていなかった。 
店長 
声 - 小山茉美 
第1話でノノを住み込みバイトで雇っていたレストランの女性店長。 
リンゴを、皿を、業務用冷蔵庫まで割ってしまうノノをクビにもせずに面倒を見てくれている。夢を語るノノに、度々現実を見るように促す。公式HPの小説によると昔は歌手を目指していたが、諦めて現在の職に就いた過去を持つという[8]。 
師匠 
声 - 堀勝之祐 
とうに定年を過ぎた老科学者。1000年振りに太陽に接近した彗星を単身探査に赴き、ノノを発見して雪深い田舎マリネリス渓谷で面倒を見る。第6話でラルクを出迎え、暗にノノを助けてくれと頼んだ。 

 バスターマシン [編集]

 宇宙怪獣 [編集]
宇宙怪獣（バスター軍団） 
物語中盤までトップレス達が相手をしていたのは、無人バスターマシンであり本当の宇宙怪獣ではない。第1話に登場した宇宙怪獣と呼ばれていたもの（斥候偵察型）が放っていたのも、バスタービームである。長い時を経て効率的に進化した結果、皮肉にも宇宙怪獣に似た形状となり、さらに人類もバスター軍団のことを忘れてしまっていたため、バスター軍団を宇宙怪獣と誤認してしまうことになった。同じく、バスター軍団も人類の中に現れたトップレスを変動重力源と同じ脅威と感じ取ったことから、長い間無意味な戦いを行なうことになった。それらが判明した後も、作中では便宜上バスター軍団のことは「宇宙怪獣」と呼んでいる。 

変動重力源 
第4話にて登場する本当の宇宙怪獣。このタイタン変動重力源が一体目であり、これは前作第4話に登場した巡洋艦怪獣ギドドンガスと同型である。第5話に出現した宇宙怪獣はブラックホールエグゼリオを取り込んで12000kmを超えるサイズとなっており、最終話では20000kmを超える大きさとなっている。これはつまり惑星サイズのエグゼリオ変動重力源であり、最終話にてそのエグゼリオ変動重力源が率いた多数の宇宙怪獣、「兵隊」が確認されている。 
人類を襲う理由は、前作では人類という”バクテリア”を排除するための銀河系の免疫機能のようなものと説明されていた（第4話での科学者の解説による）。 
設定上、ワープ時に開く「タンホイザーゲート」の重力心に向かってひたすら進む習性を持っているらしい。このため、前作の後の世界では縮退炉の技術が宇宙怪獣を引き寄せるものとして封印され、人類の側で存在するワープ技術は7号が生成するものとバスター軍団、凍結艦隊が装備しているものだけとなってしまった（実際に運用されているのは7号とバスター軍団のみ）。 
OVA4巻付録の脚本家・榎戸洋司へのインタビューによると、「他所の星のトップレスがあがりを迎えなかった姿が宇宙怪獣なのではないか、と言う解釈を試みた」と言及されている。 
ちなみに、エグゼリオ変動重力源が取り込んだ太陽系新11番惑星ブラックホールエグゼリオは前作で太陽系絶対防衛線作戦時に消失しブラックホール化した戦艦ヱクセリヲンであり、「エグゼリオ」という呼び名は長い時間の経過で「ヱクセリヲン」が訛ったものであるとされる。 
本来ならこちらが宇宙怪獣であるが、作中では便宜上「変動重力源」と呼ばれる。

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         <pubDate>Sun, 12 Apr 2009 10:02:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人類とのかかわり </title>
         <description><![CDATA[ 食材、食品加工、薬品 [編集]
人間は古くからキノコを食品として利用してきた。現在ではシイタケ、エリンギのように大々的に栽培され、身近なものになっているものもあれば、トリュフ、マツタケなどのように栽培が難しく、高級食材として扱われているものもある。

酵母はブドウ糖、ショ糖をエタノールに発酵する。この能力はビール、ワインなどの醸造に用いられている。また、カビや酵母はチーズを作るために重要な役割を果している。日本酒、焼酎、醤油、味噌など、日本古来の発酵食品では、コウジカビを穀物に培養し、繁殖させた麹（こうじ）を用いて醸造を行う。

そのほか、貴腐ワインの生産には果実につくハイイロカビが必要であるとか、食材を冷暗所に保管し、表面にカビを生やせて熟成させる(金華ハム、鰹節等)など、カビが関わる食品は様々である。

菌類には様々な有機化合物を生産するものがいる。例えば、アオカビの一種は抗生物質のペニシリンを生産する。 ベニテングタケは猛毒のアルカロイドを含んでいる。マジックマッシュルームのように動物の中枢神経に作用し、幻覚症状を引き起こす成分を含んでいる菌類もある。

病原体としての菌類 [編集]

 植物病原菌 [編集]
様々な植物に寄生する菌類が知られている。中には農作物に重要な被害を与えるものも多々ある。植物に寄生する菌類は様々な群に含まれる。代表的なものを以下に挙げる。

ツボカビ門：サビフクロカビ(Synchytriumジャガイモがんしゅ病) 
接合菌門：コウガイケカビ(Choanephora　こうがい毛かび病など) 
子のう菌門：タフリナ（Taphrina 桜のてんぐ巣病など）・ウドンコカビ（Erysiphe うどんこ病）、ハイイロカビ（Botrytis 各種植物の灰色かび病など） 
担子菌門 
サビキン綱：サビキン（Puccinia　各種植物のさび病など） 
クロボキン綱：クロボキン（Ustilago コムギ・オオムギの裸黒穂病など）、（Tilletia 小麦・大麦のなまぐさ黒穂病など） 
なお、卵菌類にも植物寄生菌があり、アブラナ科の白さび病など菌類の起こすものと似た病気が知られる。

真菌症 [編集]
菌類によってヒトやその他の動物が感染する病気（感染症）として、白癬菌による白癬（水虫、たむし、およびしらくも）やカンジダによるカンジダ症、クリプトコックスによるクリプトコックス症、アスペルギルスによるアスペルギルス症などがあり、臨床的に問題となっている。医学及び獣医学領域においては菌類を真菌と呼び、その学問を医真菌学と称する。真菌による感染症は一般に真菌症と呼ばれ、患部が皮膚の角質などに止まり真皮に及ばない表在性真菌症と、患部が真皮以降の皮下組織におよぶ深部表在性真菌症や、脳、肺、心臓などの内部臓器まで及ぶ深在性真菌症（全身性真菌症、内臓真菌症）に大別される。主に皮膚科領域で扱う前両者と内科系で扱う後者では病気の性質が大きく異なり、治療法および、使用可能な薬剤（抗真菌薬）も異なる。これらの病原菌は多糖類からなるキチン質の強固な細胞壁を持っているのみならず、人体と同じ真核生物であるため菌類の細胞だけに損傷を与えて人体組織に害の少ない薬物は非常に限られたものとなる。そのため、原核生物であり、非対称的に細菌のみに大きな損傷を与えることのできる抗生物質が多く発見されている細菌による感染症に比べ、治療が困難である。また、深在性真菌症は日和見感染症の色彩が強く、診断も困難であることから症例は増加の一途にあり、致命率も高い。また、海外における風土病が重篤な輸入真菌症として国内で発症する事例も増加している。医学医療の高度化、国民の高齢化、および国際交流の普遍化を背景に、真菌症の教育、研究、および臨床を充実させることが期待される。
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生物農薬 [編集]
動植物への寄生を利用して、害虫や雑草を防ぐ生物農薬として使われる菌類がある。

その他 [編集]
この他に、菌類の生産する毒素（毒キノコやカビ毒）による中毒症や、アレルギー症といった病気の原因でもある。

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         <pubDate>Sat, 28 Mar 2009 09:15:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アトス山</title>
         <description><![CDATA[アトス山（ギリシャ語:Όρος Άθως）はギリシャ語で Άγιον Όρος、または英語で"Holy Mountain"とも呼称される、ギリシャ北部の中央マケドニアにある山、半島。古典ギリシア語では、半島は Ακτή と呼ばれた。

「聖山の修道院による自治国家」として知られ、ギリシア共和国領内において正教会の修道院によって大幅な自治が行われており、いわば「宗教共和国」ともいえる存在となっている。アトス山の修道院はコンスタンディヌーポリ全地総主教庁の管轄下にあるが、暦は修正ユリウス暦を使用する全地総主教庁と異なりユリウス暦を使用している
アトス山はギリシャ人が「聖なる山」と呼ぶ聖域である。ハルキディキ半島の最も東の「足」にあたるこの半島は、標高2033mに達するアトス山と、そこから連なる峻険な稜線によって形成され、海岸はほとんどが崖か岩場から成り立っている。ペルシャ戦争でアケメネス朝の遠征軍が遭難したことでも知られる。半島の幅は8kmから12km、長さは約40kmで、面積は385平方キロメートル程度。緑も深く、中世からの自然がほとんど手つかずのまま残っている。

かなり早くからキリスト教の修道僧が住み着いていたらしいが、文献にアトス山の記述が現れるのは9世紀以降のことである。伝承によれば、生神女マリアが旅の途中で嵐に遭ってアトスの海岸に避難したとき、その美しさに心惹かれ、自らの土地としたとされている。現在では20もの修道院を擁する東方正教の一大中心地であり、バチカンと同じく宗教中心地として自治を行っているが、アトス山はより厳格な瞑想と祈りの場であるため、バチカンのような経済的活動は行っていない。

ギリシャ本土と陸路でつながっているものの、ウラノポリスから船か徒歩によってのみ「入国」が可能である。訪問者の数と滞在期間は限定されており、アトス山に入る前に入国許可証を得ることを要求されるが、許可分配手続において正教徒は優先される。ギリシア国籍以外の者は入山を1日8名を上限としており、入国手続きはテッサロニキにある事務所で行うことが可能である。また、1406年以降、女人禁制となっているので、女性は入国できない。アトス山の居住は、18歳を過ぎた男性の正教徒のみが許可される。そのほか、修道士ではないが宗教的な護衛者がおり、政庁カリエスで修道士でない人々を補助する。現在の人口は約2,250である。
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ヘロドトスとストラボンによると、アトス山には当時から人が住み着いており、いくつかの都市があったことが述べられている。しかし、これらの都市の位置は特定できておらず、修道士がこの土地に住み始めた8世紀末から9世紀初頭にはすでに放棄されていたらしい。最初に住み始めた修道士については、当時のアトス山の状況を記録した文献がなく、その詳細は不明である。

9世紀中期まで、アトス山には修道僧の草庵が散在するにすぎなかったが、862年、テッサロニキのエフスィミオスが、アトス山で活動する修道士の集団（ラヴラ）の長となり、修道院設立の先鞭をつけた。870年頃には、アトス半島の付け根にあたるイエリッソスに、ヨアンニス・コロヴォスが最初の共同居住型の修道院を建設している。その後、961年に聖アタナシウスが東ローマ皇帝ニケフォロス2世フォカスから勅許を得て、アトス山の麓にメギスティ・ラヴラ修道院を建設すると、アトス山は修道院の建設が活発に行われるようになった。1001年には46の修道院を数えるほどになり、多くの修道院が半島の外に荘園を抱える大領主の様相を呈していた。

1204年、第4回十字軍によってラテン帝国が成立したことにより、テッサロニキ王国に組み込まれたアトス半島は、ほとんどの修道院が荘園を没収されてしまった。東ローマ帝国が再興されるとこれらの荘園は返還されたが、ミカエル8世パレオロゴスが画策した1274年の東西教会の統一に反対したため迫害を受け、さらに1305年には、オスマン軍に対抗するためにアンドロニコス2世パレオロゴスが雇ったカタルーニャ、アラゴンの混成傭兵がトラキアからマケドニアを略奪し、修道院もこの標的となって荒廃した。また、14世紀中期には、オスマン軍の略奪行為もしばしば行われることがあったため、一部の修道士はアトスを離れ、他の地域に修道院を設立している。1356年に設立されたメテオラもそのひとつである。

しかし皮肉にも、東ローマ帝国の影響力が著しく衰えたために、かえってブルガリア帝国やセルビア王国、モルダヴィア、ルーマニアなどの東欧諸国からテッサロニキ周辺部、ストリモン川流域の荘園の寄進が行われるようになり、修道院は再び活力を得ることになった。グレゴリオス・パラマスによって提唱される静寂主義の中心地となり、帝国内で大きな宗教論争を引き起こす。1382年になると、アトス山はオスマン帝国の勢力下に入り、1453年には東ローマ帝国が滅亡。修道院は免税特権と半島以外の荘園を失うことになるが、オスマン帝国は修道院共同体の宗教活動と自治を認め、19世紀に至るまで、東欧諸国の寄進も行われ続けた。

アトス山修道院が最大の危機を迎えるのは20世紀になってからである。1923年、希土戦争の終結によってローザンヌ条約が締結され、トルコ、ギリシャ間で住民交換が行われた。ギリシャ政府は移住した住民の居住地を確保するため、アトス山の土地を大幅に没収した。さらに、1944年に枢軸国であったブルガリア王国がソビエト連邦の侵攻を受けた際、アトス山修道院は共産主義からの弾圧を受け、ほぼ壊滅状態に陥った。現在は、ヨーロッパ各地からの支援によって宗教的な重要性を保ちつつ存続しているが、EUから女性の入国を禁止していることについて非難を受けている[要出典]。

アトス山の行政上の主席は、修道院のなかでも最も大きな5つの修道院、ラヴラ、ヴァトペディ、イヴィロン、ヒランダルから交代で選出される。 アトス山の修道院建築群については、まだ詳しい調査が行われておらず、その変遷はあまり明確ではないが、おそらくカリエスにあるプロタトンが最も古い建築物で、中期ビザンティンの典型的な平面である内接十字型教会堂である。10世紀から11世紀にはこの聖堂で長老会議が行われ、第一人者（プロトス）が選出された。この教会堂以外の主聖堂は、ほとんど三葉型を原型とするもので、メギスティ・ラヴラ修道院の中央聖堂を規範としている。961年よりも少し後の時代に建設されたメギスティ・ラヴラの中央聖堂は、中央にドームを頂き、3方に半円形の張り出しを持つが、至聖所のアプスに関してはリティと呼ばれる奥行きの深いものになっており、何らかの儀式のために形成された。アトス山の宗教的権威によって、この形式の教会堂は東ローマ帝国が滅びた後も、正教圏に広く普及した。

メギスティ・ラヴラ修道院 Great Lavra (Μεγίστη Λαύρα, Megísti Lávra)…アトス山最古の修道院。10世紀後半の三葉型の中央聖堂があり、他の多くの主聖堂の規範となった。 
ヴァドペディ修道院 Vatopédi (Βατοπέδι or Βατοπαίδι) 
イヴィロン修道院 Iviron (Ιβήρων; ?????? ?????????, iverta monasteri)…ギリシャ正教会 
ヒランダリウ修道院 Hilandar (Χιλανδαρίου, Chilandariou; Хиландар) …門前に船着場が設けられている。セルビア正教会。 
ディオニシウ修道院 Dionysiou (Διονυσίου) 
クトゥルムシウ修道院 Koutloumousiou (Κουτλουμούσι) 
パントクラトール修道院 Pantokrator (Παντοκράτορος, Pantokratoros) 
クシロポタムウ修道院 Xiropotamou (Ξηροποτάμου) 
ゾクラフウ修道院 Zografou (Ζωγράφου, Зограф)…ブルガリア正教会 
ドヒアリウ修道院 Dochiariou (Δοχειαρίου) 
カラカル修道院 Karakalou (Καρακάλλου) 
フィロテウ修道院 Filotheou (Φιλοθέου) 
シモノス・ペトラ修道院 Simonos Petra (Σίμωνος Πέτρα or Σιμωνόπετρα)…崖のうえに立地 
アギウ・パヴル修道院 Saint Paul's (Αγίου Παύλου, Agiou Pavlou) 
スタヴロニキタ修道院 Stavronikita (Σταυρονικήτα)…崖のうえに立地 
クセノフォンドス修道院 Ksenofondos (Ξενοφώντος)…要塞のような外観 
オシウ・グリゴリウ修道院 Osiou Grigoriou (Οσίου Γρηγορίου) 
エスフィグメヌ修道院 Esfigmenou (Εσφιγμένου) 
アギウ・パンテレイモン修道院 Saint Panteleimon's (Αγίου Παντελεήμονος, Agiou Panteleimonos; or Ρωσικό, Rossikon) …ロシア正教会の修道院、浅緑色の屋根。要塞のような外観。 
カスタモニトゥ修道院 Konstamonitou (Κωνσταμονίτου) 
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         <pubDate>Thu, 12 Mar 2009 11:40:23 +0900</pubDate>
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         <title>知識表現（ちしきひょうげん）</title>
         <description><![CDATA[知識表現（ちしきひょうげん）は、図書分類および情報システムでの概念の処理に必要とされる。人工知能において、適切な「知識表現」を用いることで問題解決を単純化することができる。知識をひとつの方法で表現すれば解決策は単純化されるが、不適切な表現を選択すると解決策は難しくなるか不明瞭になる。 人工知能の場の中で、問題解決は「知識表現」の適切な選択によって簡素化されることができる。例えば、長除法をアラビア数字とローマ数字で行った場合、一方はもう一方よりもずっと単純である。また、すべての目的に対応できる表現やあらゆる問題に対応できる表現は存在しない。

知識表現(Knowledge Representation、KRと略記される)という用語は、コンピュータでの処理で使用する表現に対して使うのが一般的である。また、明確な事物(例：象というクラスや象の個体クライド)についての表現を意味することもあるし、そういった事物についての表明または主張(例：クライドは象である、すべての象は灰色である)の表現を意味することもある。知識をそのような明確な表現にすることで、コンピュータは既存の知識から結論を導くことができる(例：クライドは灰色である)。

多くの知識表現手法は1970年代から1980年代初頭に試みられたもので、ヒューリスティックによる質疑応答、ニューラルネットワーク、自動定理証明、エキスパートシステムなどがある。これらはある程度の成功を収めてきた。チェスのようなゲームと同様、医療診断も主要な応用分野であった(例えばMycin)。

1980年代に、形式的なコンピュータ知識表現言語とシステムが生まれた。主要なプロジェクトは、一般知識の広い領域を符号化することを試みた。例えば、Cycプロジェクトは巨大な百科辞典を作ろうとするもので、情報自身を符号化するのではなく、読者が百科事典を理解するのに必要であろう情報(単純な物理学、時間の観念、因果律、動機付けなどの常識的な事物とそのクラス)を符号化する。Cycプロジェクトは Cycorp社が管理していて、そのデータの大部分は無料で利用可能となっている。

そのような作業を通して、知識表現の難しさがより高く評価されるようになった。それと並行するように計算機言語学ではさらに大きな言語情報のデータベースが構築されつつあり、コンピュータの性能と容量が増大することでさらに深い知識表現が現実のものとなってきた。
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知識表現を指向したいくつかのプログラミング言語が開発されている。1972年にPrologが開発されたが、一般化したのはもっと後のことである。提案と基本のロジックを表していて、終結を既知の前提から引き出すことができる。命題論理と基本的な論理を表現することができ、既知の前提から結論を導くことができる。KL-One (1980年代)は知識表現自体に特に力を入れたものである。

電子文書の世界では、言語は文書の構造を明確に表現するために開発されている。例えば、SGMLや後のXMLなどがある。これらは情報検索とデータマイニングに役立っていて、近年では知識表現とも関連するようになってきた。ウェブ社会ではセマンティックウェブへの関心が高まっている。XMLベースの知識表現言語としてRDF、トピックマップなどがあり、ウェブシステム上で知識表現情報を利用可能とすることができる。

リンクと構造
ハイパーリンクの利用が広範囲に及ぶようになったが、それに密接に関連するセマンティックリンクはまだ広く使われていない。数表はバビロニア時代以来使われている。最近になると、論理演算の結果を表す表として真理値表が使われるようになった。真理値表はブール論理のモデル化と研究に使われた。スプレッドシートは知識のまた別の表形式の表現である。他の知識表現は木構造で、基本概念同士を接続したり、派生概念を示したりすることができる。

 格納と操作
知識表現における1つの問題は、与えられた仕事を成し遂げるために機械が使うことができるようにするためには、いかにして知識を情報システムに格納して操作すればよいかという点である。そのような問題をもつアプリケーションの例として、エキスパートシステム、機械翻訳システム、Computer-aided Maintenance システム、情報検索システム(データベースのフロントエンドを含む)がある。

 言語と表記法
人間の精神の中でなされているのと同じ方法で知識を表現するのが最善であると考える人もいる。というのも、人間の精神だけが既知の唯一の知能であるからである。あるいは、自然言語の形式で知識を表現するのが最善と考える人もいる。残念なことに、人間の精神内で知識がどのように表現されているかは不明であるし、人間の精神が行っているのと同じ方法で自然言語を操る方法も不明である。ひとつの手掛かりはポイントアンドクリック型のユーザーインターフェイスを霊長類が自然に使っている点である。従って、「ジェスチャーによるインターフェイス」は認識機構の一部であり、口頭の言語に縛られないタイプの表現であり、人間以外の動物にも備わっていると思われる。

このため、様々な人工言語と表記法が知識を表現する目的で考案されてきた。それらは一般に論理学や数学に基づいており、機械処理を容易にするために構文解析が簡単な文法を備えている。

表記法
知識表現言語の最近の様式は、低レベルの文法としてXMLを使うことが多い。これは、人間の可読性を犠牲にして、機械での構文解析を容易にする傾向がある。

一般に極端な複雑性を避けるために、このようなシステムの数学的基盤として一階述語論理が使われる。しかし、この単純な論理に基づく単純なシステムでさえ、現代のコンピュータシステムでは複雑すぎて手に負えないデータを表現することができる。詳しくは計算可能性理論を参照。

表記法の例：

DATRは、語彙知識を表現する例である 
RDF は、オブジェクト間の関係を表現するための単純な表記法である 

言語
知識表現を意図した人工言語の例：

CycL 
Loom 
OWL 
KM：知識機械(Knowledge Machine)(知識表現作業に使われるフレームベースの言語) 

 知識表現技法
セマンティックネットワークは、知識を表すために使われるかもしれない。個々のノードは概念を表し、ノード間を結ぶ弧は概念間の関係を定義するために用いられる。

1960年代から、知識フレームまたは単に「フレーム」と呼ばれる表現が使われている。フレームは値を持つスロット群から構成される。例えば、「家」のためのフレームは「色」スロット「階数」スロットなどを含むだろう。

フレームは、「is-a」リンクで表される継承機能によってオブジェクト指向プログラミング言語のような使い方もできる。しかし、「is-a」リンクの使用については、少なからぬ矛盾があった。ロナルド・J・ブラックマンは「IS-Aは何であって、何でないか」と題した論文で、知識表現に関するプロジェクトで29種類の意味で「is-a」リンクが使われていることを示した。他のリンクとして「has-part」リンクなどもある。

フレーム構造は大まかな知識と型にはまった認識パターンの表現に適している。そのような大まかなパターンの要素は、個々に重み付けがなされ、スキーマの要素としてより典型的なものほど重要度が高くなる。パターンはある種の期待値に従って起動される。例えば、大きな鳥を見た者が「陸スキーマ」ではなく「海スキーマ」を起動していたら、その鳥をイヌワシではなくオオワシだと判断するだろう(訳注：イヌワシは山岳に生息し、オオワシは海岸に生息するので、スキーマによって判断が変わってくることを意味している)。

フレーム表現はセマンティックネットワークよりオブジェクト中心の考え方である。ある概念に関するすべての事実と属性は一箇所に置かれ、データベース内を手間をかけて検索する必要がない。

「スクリプト」は、事象を時系列に記述するフレームの一種である。通常、例としてあげられるのはレストランへ行くことの説明である。それには、席に案内されるのを待つとか、メニューを受け取るとか、注文するといったステップが含まれる。

関連項目
人工知能 
記述論理 
ダグラス・レナート氏の Cycプロジェクト 
知識ベース 
ナレッジマネジメント 
メタデータ 
多層拡張セマンティックネットワーク (MultiNet) 
オントロジー 
推論エンジン 
セマンティックウェブ 
科学モデル 
マインドマップ 
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         <link>http://hdwdyz.aozora2000.net/2009/02/post_25.html</link>
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         <pubDate>Tue, 24 Feb 2009 08:39:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中華民国の歴史</title>
         <description><![CDATA[中華民国の歴史（ちゅうかみんこくのれきし）は、1912年に中国で建国されたアジア最初の共和制国家である中華民国の歴史を記述する。なお、本稿では中華民国が中国大陸を支配していた1949年までの歴史を記述する。それ以降の中華民国の歴史については台湾の歴史と国民政府を、現在の中華民国政府自体については中華民国を参照のこと。
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中華民国は、1926年以降の中国国民党による北伐の前後で、北京政府期と南京国民政府期に大別される。建国初期の袁世凱による統治期を除いて、中華民国の代表政府が同時期に2つ存在する時期もあるなど各地の軍閥がそれぞれ「中国を統治する国家」を主張していた時期もあるが、日本やイギリス、フランスやアメリカなどのいわゆる「列強」をはじめとする国際社会（その中には世界最初の社会主義国家であるソビエト連邦も含まれる）では「中国を統治する国家」と認識されている。

第二次世界大戦後の1949年に中華民国軍は、ソビエト連邦の支援を受ける中国共産党の共産党軍との内戦に敗北し、同年4月に首都の南京を制圧された事で崩壊状態に陥った。その後、中国共産党を率いる毛沢東は同年10月に「中国を統治する国家」として「中華人民共和国」の建国を宣言する。

しかし、蒋介石を中心とする中国国民党右派は、崩壊状態にあった中央政府を1949年12月に台湾島へ避難させる事に成功し、翌年に「中国を統治する国家」としての国民政府を再構築した。なお、内戦によって中華民国の全関係者が台湾島へ避難したわけでは無く、共産党軍の捕虜になったり、蒋介石と袂を分かって共産党と行動をすることを決意したものがいた他、香港やアメリカなどの国外へ避難したりする者もいた。

 北京政府期（1912年?1928年）
 中華民国成立を祝うポスター
左に袁世凱・右に孫文 
1912年の中華民国内閣初組閣時の記念写真
後列左より　農林総長宋教仁・交通総長施肇基・陸軍総長段祺瑞・司法総長王寵恵・翰長魏宸祖
前列左より　教育総長蔡元培・商工総長代理王正廷・海軍総長劉冠雄・外務部総長代理胡惟徳・総理唐紹儀

成立
北京政府とは、1912年から1928年まで北京に存在した中華民国の正統な政府である。北洋軍閥政府ともいう。

中華民国は、1911年の武昌起義にはじまる辛亥革命において、1912年1月1日、南京において成立した（なお、国号については黄遵憲の「華夏」、劉師培の「大夏」、梁啓超の「中国」の他に「支那」や「大中華帝国」という提案もあったが、最終的には章炳麟の「中華民国」が採用された）。 しかし、この時点では、北京に清朝が存続しており、「中国を代表する」政府が南北に並存する状況にあった。しかし、同年2月12日に清朝の皇帝、宣統帝である愛新覚羅溥儀が退位することによって、中華民国政府が中国を代表することになった。

孫文と袁世凱
南京に成立した臨時政府では、国家元首に当たる臨時大総統は孫文であった。だが、孫文は当時国内で最も軍事力を有し、また清朝の全権を握っていた袁世凱と交渉し、南北分裂状態であった中国を臨時政府によって統一させるため、宣統帝の退位、臨時約法の遵守といった条件とひきかえに臨時大総統職を彼に譲った。しかし、袁世凱は臨時大総統就任後、責任内閣制の導入を図る国民党（中国同盟会を改組したもの。現在の中国国民党とは異なる）の宋教仁を暗殺したほか、統治の拠点を自らの軍事基盤である北京において専制体制を強化した。こうした袁の専制への反発から、1913年7月には江西の李烈鈞らが中心となって第二革命が勃発した。しかし、反袁勢力の結集に失敗して鎮圧され、袁は正式に大総統へ就任した。

第一次世界大戦の最中である1915年に日本から出された対華二十一か条要求（中国に於ける日本の利権を絶対的に保証する内容）を批准し、更には自らが皇帝となることを前提に帝政復活を宣言して国号を「中華帝国」に改めた。これにたいして国内外からは非難の声が殺到し、雲南の唐継堯らが倒袁運動を展開（第三革命）したほか、袁の権力基盤である北洋軍閥の諸将からも反発もうけた。このため袁は翌1916年に帝政復活取消を宣言せざるをえなくなり権威を失墜させ、そのまま同年6月に病死した。

中国国民党の設立
袁世凱の死後、中華民国には中国全土を完全に統治する「統一政府」が存在しない状態が生まれた（1916年‐1928年）。そのため、軍閥が群雄割拠する内乱状態となり、同時に日本やフランス、アメリカなどの列強諸国による中国の半植民地化も進行したのである。しかし同時に、この時期には日本から出された対華二十一か条廃棄を挙国的に要求する五四運動（1919年）が起きたほか、陳独秀などが主導した新文化運動が広範な人々の支持をうけるなど中国近代化を象徴する出来事が起こっている。このような中、孫文は1919年に中国国民党を創建し、1921年には後の国民政府の基となる革命政府を広州で樹立した。

蒋介石また、孫文は成立したばかりのソビエト連邦（1917年建国）と接触し、その後の1924年には中国共産党党員（1921年創党）がその党籍を保持したままで国民党への入党を認めるという、いわゆる第一次国共合作をおこなっている。孫文は1925年に死去したが、1926年になると蒋介石が孫文亡きあとの国民党の主導権を握り、広州を起点に北伐を開始、その過程で軍閥なども糾合していくことによって中国の統一がすすめられた。

1927年に、蒋介石率いる国民革命軍が南京を占領するが、ソビエト連邦のコミンテルンと、その指揮下にある中国共産党の指令、扇動による日本、イギリス、イタリア、フランス、アメリカの列強諸国の領事館を襲撃し民間人を虐殺した南京事件が起こる。この事件により蒋介石は共産勢力を敵視するようになり、1927年 4月国共合作を解消すると、上海、武漢などの各地方で国民党内部から共産党を掃討する運動、いわゆる上海クーデターを起こした。この際、北伐は一時停滞、国民政府は蒋介石の南京国民政府（1927年4月18日）と、これに反対する汪兆銘等の「武漢国民政府」に分裂する。

関東軍に爆破された張作霖の専用車しかし、劣勢な武漢国民政府は数カ月後の1927年8月19日には南京国民政府に合流することになり、結果、南京国民政府を主導する蒋介石の権力はより一層強固なものとなった。1928年4月8日に、北伐が再開される。北伐におされ、北京から撤退した北方軍閥の張作霖が、6月4日に日本軍（関東軍）によって爆殺された（張作霖爆殺事件）のち、6月9日国民党軍の北京入城によって北伐完了が宣布され、同年10月10日、蒋介石は訓政の実施を発布し南京を首都とする国民政府が正式に成立した。さらに同年12月29日には東北の張学良が易幟をおこない国民政府に帰順する。ここにおいて、中華民国は各地の軍閥や共産党勢力といった反抗勢力を抱えつつも、南京国民政府によって一応の全国統一をみたのである。

南京国民政府期（1928年?1949年）
 南京国民政府と汪兆銘政権
南京国民政府とは、1928年から1949年まで南京に存在した中華民国の正統な政府である。なお、日中戦争下の大日本帝国では、1940年成立の汪兆銘政権を「南京国民政府」と呼称し、中華民国の正統な政府として承認する一方、重慶へ撤退した従前の南京国民政府を一地方政府とみなして「重慶政府」と呼称していたが、ここでは「重慶政府」も南京国民政府として解説する。

第二次国共合作
国家主席就任後、蒋介石は意欲的に中国の近代化を推進する改革を行った。しかしその頃、ソビエト連邦の支援の下、毛沢東が指揮する中国共産党は農村を中心として支配領域を広げていき、1931年には江西省に「中華ソビエト共和国臨時政府」を樹立するまでに勢力を拡大していた。蒋は1930年12月から、共産党に対し5次にわたる大規模な掃討戦（掃共戦）を展開、1934年10月には共産党を壊滅寸前の状態にまで追い込んだ。しかし、蒋は毛沢東の長征までは防ぐことが出来ず、その後も国共内戦は継続されていった。

蒋介石（左）と張学良（右）同時期、日本の関東軍が満州事変を契機として満州を掌握し、かつて清朝最後の皇帝であった宣統帝を執政に推戴する満州国を建国した（いわゆる、十五年戦争の始まり）。これを受けて、南京国民政府の統治区域でも全国的に一致抗日を要求する世論が高まったが、蒋は日本との国力の差を考慮した上で国内の統一による国力増強を最優先目標とし、また反共主義の立場から、抗日政策より中国共産党との戦いの方を優先・強化していった。そのような中、父である張作霖を関東軍に殺された満州の軍閥・張学良は、共産党の取締りに対する協力を求めて西安を訪問した蒋を軍隊の動員によって西安に抑留し、国民党と共産党の再合作を要求した（西安事件）。蒋は最終的にこれを受諾し、西安を訪問した共産党代表・周恩来との会談を通じてこれを公式に宣伝した後に共産党軍を「国民党所属第八路軍」として国民政府軍に組み入れた（第二次国共合作）。

日中戦争
 上海市北部を行軍する日本軍
[編集] 1937年
1937年の盧溝橋事件を契機として、南京国民政府は日本との全面戦争状態に入った（日中戦争）。しかし、兵力の差から国民政府軍は各地で敗北を重ね、同年12月には首都・南京を日本軍に制圧された。

南京大虐殺については南京大虐殺論争も参照

蒋介石は首都を重慶へ移転させて徹底抗戦の意思を示す一方、共産党との抗日連合戦線やアメリカやイギリスなどからの支援を背景に全面的な抗日戦争に突入した。

1938年以降
戦争開始翌年の1938年には日中間の大規模な戦闘が減ってきた為に、日本軍は国民党の反蒋介石派であった汪兆銘を首班とした南京国民政府（汪兆銘政権）を樹立した。しかし、日本軍が住民からの徴発、徴用を強行した為に住民間には反日感情が広まり、国民政府と共産党もそれを利用してゲリラ戦を展開することで日本軍を次第に包囲していった。しかし一方の抗日連合戦線側も、ソビエト連邦の支援を受けた共産党が根拠地・延安を中心に支配領域（解放区）を広げる動きも見せていた事から、国民政府と共産党との間でも幾度か戦闘が行なわれていた。

中国大陸では、日本の支援を受けた汪兆銘政権、アメリカとイギリスが支援する国民政府、ソ連が支援する共産党による三つ巴の戦闘が展開されるようになっていたが、日本への対抗を目的として国民政府を支援していたアメリカとイギリスは共産党との対決姿勢を鮮明にしていた国民政府に対して不信感を抱き、後に再燃した国共内戦時の国民政府への支援に影響することとなった。

日本の敗戦
 カイロ会談における蒋介石とルーズベルト、チャーチル（1943年） 
日本軍撤退後の香港（1945年）中華民国の青天白日滿地紅旗とイギリスのユニオンジャックが確認できるその後日本は1941年12月にイギリスとアメリカとも開戦し、第二次世界大戦に突入することになる。国民政府は大戦中にアメリカとイギリスだけでなく、ソ連からの支援も受けつつ日本と対峙し、蒋介石がカイロ会談などに参加した他、蒋介石夫人の宋美齢が援助を募るためにアメリカ連邦議会で演説するなど、国民政府は主要な連合国の構成国として位置づけられた。その後1945年8月に日本と満州国は連合国に対して降伏し、中国における日中間の戦闘も終結した。

国民政府は連合国の主要メンバー、つまり戦勝国の一員として極東軍事裁判などの戦後処理に当たったほか、また、第二次大戦終了後には満州国や汪兆銘政権が崩壊した上に、カイロ会談やポツダム宣言での内容を受けて中国全土が再び国民政府の統治下に入った他、日本だけでなくヨーロッパ諸国も租界の返還や不平等条約の改正（1943年）をするなどした為、アヘン戦争以来続いていた中国の半植民地状況は一応の終わりを見せた。更には、日本が降伏の際に放棄した台湾島一帯も統治地域に編入し、中華民国の版図は拡大した。

国共内戦
しかし、終戦直後から蒋介石率いる国民政府と共産党は戦後の中華民国政府のあり方を巡って見解の違いを露わにするようになり、1945年11月2日の共産党軍による大攻勢を発端として、各地で両者による武力衝突が始まった。アメリカの停戦調停にもかかわらず、1946年には国共内戦が再開した。内戦の再開直後、国民政府はアメリカから受けた軍事支援を基に共産党に対して攻勢を強めていた。しかし、その一方で国民政府軍は、ソ連のスパイの活動などによって共産党シンパが増加していたアメリカ政府が軍事的支援を停止したことも相まって、ソ連からの大規模な軍事援助を受けた共産党軍の反攻が始まると各地で大規模な敗北を喫するようになった。この間に、国民政府は中華民国憲法を制定（1947年）し、憲法に基づいて蒋介石を総統（国家元首）とする憲政政府を成立（1948年）させることで自己の正当性を示そうとした。

しかし、中華民国政府軍の敗走は止まらず、国民党の内戦敗北は決定的となった。その為に、蒋介石は1949年1月に総統職を辞し、李宗仁が代行総統に就任して共産党との和平交渉に当たったが、同年4月23日に首都・南京が共産党軍（中国人民解放軍）に奪われ、南京国民政府は事実上崩壊状態に陥った。これに伴い、共産党は南京国民政府が崩壊・消滅したと判断し、同年10月に中華人民共和国の建国を宣言した。

なお、後にアメリカ政府内では、｢誰が中国を失ったのか｣という言葉を合言葉に、国民政府軍への援助停止を決めた政府内の共産シンパを非難する声が強まり、後にこれが大規模な赤狩り旋風に繋がることとなった｡

台湾島への遷都
しかし、南京国民政府が崩壊状態に陥った際に蒋介石が崩壊しつつある政府を指導した為、南京国民政府は広州、重慶、成都を経た上で、アメリカ政府内右派から支援を受け、中央政府機構を台湾島に移転することに成功した。その後、蒋介石は崩壊状態にある政府を再組織し、翌1950年1月に総統職に復職することで、台湾国民政府としての活動を本格的に開始した。その為に国民政府軍と中国人民解放軍との戦闘は1955年まで行なわれ、その後も福建省沿岸の金門島において両軍が幾度か砲撃戦を行なっている。

 中華民国と台湾島 （1945年?現在）
中華民国への編入
 台湾島を訪れた蒋介石と宋美齢（1946年）台湾島を含む一帯は漢民族が多数居住している地域で、1895年以降は日本の台湾総督府の統治下にあった。1945年に日本の連合国への降伏によって第二次世界大戦が終結すると、蒋介石率いる南京国民政府はカイロ会談における取り決めを根拠として台湾島一帯を中華民国の領土に編入した。国民政府軍は日本軍の武装解除のために台湾島を含む一帯に上陸し、同年10月に日本軍の降伏式典、台湾の「光復」（日本からの解放）を祝う式典を挙行し、台湾を統治する機関として台湾行政公署を設置した。

二・二八事件
行政公所の要職を新来の外省人が独占した事、および公所･政府軍の腐敗が激しかった事は、それまで台湾にいた本省人（台湾人）の反発を招き、1947年2月28日に本省人の民衆が蜂起する二・二八事件が起きた。これに対して行政公所･政府軍は徹底的な弾圧をもって臨み、事件後も台湾人の抵抗意識を奪う為に知識階層・親日派・共産主義者を中心に数万人を処刑したと推定されている。国民党政権は政治・経済・教育・マスコミなどの独占を進め、同年中に台湾省が発足した。1949年に蒋介石が国共内戦で敗れた兵隊、崩壊状態にあった南京国民政府を引き連れて台湾に移住してきた後は、台湾省の形式は残しつつ、事実上は蒋介石の台湾国民政府が台湾を直接統治を行うようになった。

領有権の根拠と「台湾独立」
なお、南京国民政府はカイロ会談における取り決めを台湾を領有の根拠としたが、カイロ会談の取り決めはあくまでも連合国の「立場表明」あるいはプレスリリースに過ぎず、国際法的に有効な「条約」とはいえず、日本の敗戦に伴う台湾の放棄とその後の台湾の帰属に関する国際的な法的根拠にはならないとする解釈がある。また1951年に日本が連合国諸国と締結した日本国との平和条約（サンフランシスコ講和条約）では日本の「台湾・澎湖諸島における権利、権利名義と要求の放棄」（第2条第2項）が、日華平和条約においては「台湾における日本の領土権の放棄」（第2条）が明記されたにとどまる。

このため、現在の台湾島を含む一帯は中華民国が実効統治しているものの、国際法的には「主権移転対象国（帰属国家）が不明確な状態にある」とも解釈することが可能」（つまり、「台湾に以前から居住していた台湾人に主権移転する」とも解釈することが可能）で、これを根拠として「台湾の国際的地位は未定である」とする「台湾の地位未定論」が台湾独立派を中心に唱えられており、中華民国内の泛緑連盟（台湾独立派）と泛藍連盟（反独立派）との間で論争が生じる源となっている。

 民族問題
中華民国を成立させた孫文を始めとする漢民族主体の革命勢力（共和主義勢力）は、清国の遺領全体を領域とする「中国」の枠組みで中華民国を構想し、1912年樹立の中華民国臨時政府（共和政権）を「中国」の「中央政府」として位置づけていた。しかし、1642年以来中央チベットを統治していたチベットのダライ・ラマ政権、清末にモンゴル各地の諸侯が活仏を首班として組織したジェプツンタンパ政権は、『文殊皇帝が退陣したからには、これに臣属していたチベット、モンゴル、中国等の諸国はそれぞれ対等の別個の国家となる』という立場を取って中華民国への服属を拒否し、それぞれ外部勢力の支援を仰いで独立国としての地位の確立を目指した。（詳細はチベット,モンゴルを参照）

中華民国の歴代政府は、チベットやモンゴルに対し、清朝以来の位置づけを継承、理藩院に相当する機関として、北京政府は蒙蔵院、南京国民政府は蒙蔵委員会を1929年に設置してこれらの地域を統治下に組み込む為の工作を行なってきた。また、当時の列強諸国も「清国の継承国家」として中華民国の政府が清国の遺領全体を代表することを承認した。だが、幾度か行なわれた軍事行動もチベット、モンゴルの両民族政権を屈服させるには至らず、それどころか1933年、1942-49年には新疆省が置かれている東トルキスタンにおいても独立共和国の樹立運動が発生するに至った。

その後、中華民国・南京国民政府は第二次世界大戦中の1945年6月に行なわれたソ連との外交交渉において、『ソ連が日本撤退後の満州を中国共産党に渡さず、かつ新疆の独立運動を鼓舞しないことを条件に、国民投票による外蒙古の独立を大戦後に認める』と宣言し、モンゴル人民共和国に関しては1946年1月に独立を承認した。（台湾国民政府は1953年に独立承認を取り消している。詳細は中華民国におけるモンゴル（外蒙古）の扱いを参照のこと）また、チベット、東トルキスタン（第二次東トルキスタン共和国）についても、南京国民政府が1949年に崩壊状態に陥って台湾へと避難した為、中華民国の統治下に組み込まれることはなかった。

中華民国の紀年法
中華民国では、建国年である1912年を元年とする中華民国暦（民国紀元）を西暦と併用しており、今なお使用され続けている（「中華人民共和国」では使用されていない）なお偶然ではあるが、中華民国暦は日本の大正および北朝鮮の主体暦と元年が一致している。
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         <pubDate>Sat, 07 Feb 2009 15:52:28 +0900</pubDate>
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